帰宅願望とは?

介護現場でよく耳にする「帰宅願望」とは、「家に帰りたい」といった発言や、実際に荷物をまとめて介護施設を出ていこうとする行動を指します。特に認知症の患者さんが示されることが多いのも特徴です。
帰宅願望にはどういった要因があるのかを確認していきましょう。

認知症による「見当識障害」の影響

認知症の方に見られる「見当識障害」とは、自分が置かれている状況を正確に認知できなくなる状態を指します。

場所が分からなくなることで、介護施設を自分の家として認識できず、見知らぬ場所に閉じ込められているような感覚に陥ることがあります。
また、時間の感覚が曖昧になることで意識が現在ではなく過去に向き、「ご飯を作らなければいけない」「仕事に行かなきゃ」といった過去の生活習慣を続けようと、出口を探す行動につながります。

さらに、周囲にいる介護スタッフや他のご入居者様を認識できなくなり、安心できる唯一の存在である家族や、慣れ親しんだ自宅を強く求める傾向も見られます。
このように、認知症特有の見当識障害が、帰宅願望の要因となるケースは少なくありません。

「不安」が帰宅願望を招く

帰宅願望は単なるわがままではなく、不安や心細さから生まれる心理状態の表れです。

自分がいる場所が分からず「家に帰りたい」と感じたり、現在を認識できなくなって過去の生活習慣を繰り返そうとしたりすることがあります。また、介護スタッフや他のご入居者様を知り合いとして認識できず、家族を求めて帰宅しようとするケースも見られます。

不安が大きくなるほど、少しでも安心できる場所を求める気持ちが強まります。その結果として現れるのが、帰宅願望なのです。

※認知症の症状がある方へのお声かけについての記事はこちら
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帰宅願望への効果的な対応方法

帰宅願望を抱くご入居者様に対して、どのような姿勢で向き合い、どのような言葉をかければ良いのでしょうか。その具体的な対応方法について、確認していきましょう。

不安な気持ちに寄り添ったお声かけ

まずは何よりも、ご入居者様の「帰りたい」という切実な思いを否定せず、受け止め理解する姿勢が大切です。

帰りたい気持ちに共感することで安心感を与えることができます。「早く帰って夜ごはんを作らなきゃ」と言われたら、「今日のメニューは何ですか」のような、意欲や役割を肯定するような言葉をかけます。否定されたというショックを与えることなく、自然な形で不安を和らげることができます。

常に良き理解者として耳を傾ける「傾聴」のスタンスを保ち、寂しさや心細さに寄り添い続けることが、確かな安心感へと繋がります。

役割や居場所を提供する

ホームの中でご自身の役割を見出していただくことも、帰宅願望を和らげるうえで非常に効果的です。「自分は必要とされている」「ここが居場所なんだ」と感じてもらうことが、安心感につながるため、ちょっとしたお手伝いをお願いするのも良い手です。

また、ご自宅で長年愛用されていた馴染みの品を身近に置くことも、心の安定をもたらします。個人のプライバシーが守られた、心からくつろげる空間を整えることで、施設が「知らない場所」から「安心できる住まい」へと少しずつ変わっていく効果が期待できます。

興味を別の活動に向ける

話題を変えたり、興味を別の活動に向けたりすることで、帰宅願望から意識を逸らす効果が期待できます。
ご入居者様が興味を持ちそうな話題で会話を盛り上げる、趣味や特技を活かしたレクに参加するなど、楽しい気持ちをもたらし、気分を明るくするイベントなどを検討すると良いでしょう。
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帰宅願望への避けるべき対応

帰宅願望を抱くご入居者様と接する際、良かれと思った対応が逆効果になってしまうケースも少なくありません。お互いの信頼関係を深めるために、特に避けるべき3つのポイントについて詳しく解説します。

否定的な言葉や反応は避ける

帰宅を望む方の多くは、不安な精神状態にあります。そうした状況で「帰りたい」と口にするご入居者様に対し、「帰れませんよ」「お部屋から出ないでください」といった否定的な言葉をかけてしまうと、不安や混乱をさらに強めてしまう恐れがあります。

まずは、ご入居者様の切実な気持ちを理解し、安心できる言葉選びを心がけることが大切です。例えば「今日はもう遅いのでゆっくり休んで、明日の朝どうするか一緒に考えましょう」といった寄り添う声かけは、不安な気持ちを和らげることにつながります。

冷静であたたかい対応を重ねることで、ご入居者様の気持ちは徐々に安定し、信頼関係の構築にもつながっていきます。

その場しのぎの対応を避ける

その場しのぎの一時的な対応やごまかしは、根本的な問題が解決されていないばかりか、後で嘘だと分かった時に深い不信感を植え付けてしまう可能性があります。

何が帰宅願望を招いているのか原因を突き止め、長期的な視点で解決策を導き出すことが重要です。帰宅願望の要因はご入居者様ごとに異なるため、ご入居者様に関わるスタッフやご家族様へもヒアリングを行い、情報を共有すると良いでしょう。

必要以上の行動制限を避ける

ご入居者様の安全を守るための配慮であっても、行動制限は必要最小限に留めることが重要です。

安全面を配慮し、良かれと思って行った行動制限が、逆に帰宅願望を強める結果になる可能性もあります。また、ご入居者様の自主性を尊重することがストレスの軽減につながり、心身ともに落ち着いた状況で穏やかに生活できるメリットがあります。

※介護スタッフに義務化されている認知症介護基礎研修についての記事はこちら
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帰宅願望の予防策と相談先

介護の現場において、ご入居者様の帰宅願望は避けて通ることのできない重要な課題と言っても過言ではありません。
ご入居者様に心穏やかに生活していただくために、その予防策と帰宅願望が強いご入居者様がいらした場合の相談先について確認しておきましょう。

居住空間の最適化

帰宅願望を未然に防ぐためには、居住空間がいかに「自分らしくくつろげる場所」であるかが大きなポイントとなります。

例えば個室であれば、その方に合わせたきめ細やかな温度・湿度の調整も欠かせません。常に心地よいと感じられる環境を整えることが、精神的な安定と深い安心感をもたらします。

また、ご自宅で長年愛用されていた道具や、ご家族との大切な思い出が詰まった写真を飾ることも、安心できる空間づくりには非常に効果的です。お好きな音楽を流すなど、五感を通じて「馴染みのある雰囲気」を作る工夫が、ここが自分の居場所であるという認識を深めてくれます。

帰宅願望が強くなった際の相談先

ご入居者様に帰宅願望が強く現れるようになった場合は、1人で抱え込まず、周囲の介護スタッフやケアマネージャーに相談しましょう。介護施設内での対応やケアプランを見直す必要があるかもしれません。

帰宅願望が強く現れた原因が認知症の症状悪化に伴うものであれば、医学的なアプローチが必要なケースもあります。日頃の様子を詳しく看護師やかかりつけ医に伝え、専門的な見地からお薬の調整や接し方のアドバイスを仰ぎましょう。

お一人おひとりに寄り添うケアを

帰宅願望は、不安や心細さが原因となるケースが多いことをお伝えしました。
ご入居者様が積み重ねたこれまでの経験や生活習慣、価値観といったパーソナルな背景が帰宅願望と密接に関係していることもあるため、それぞれに寄り添った対応を心がけることで、ご入居者様が安心して生活できる介護施設へと近づきます。

帰宅願望の対応を「大変な課題」と捉えるのではなく、ご入居者様が老人ホームで快適に過ごすためにどうすれば良いかを考えるチャンスと捉えることができれば、ご入居者様との信頼関係もより一層深まっていくことでしょう。

この記事の監修・アドバイザー

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三島 亮士(みしま りょうじ)

2019年4月、チャーム・ケア・コーポレーション入社。
民間介護事業者を中心に、訪問介護・通所介護・居宅介護支援・地域密着型サービスなど幅広い現場を経験。
ホーム長としてマネジメントを担った後、教育研修部へ異動し、人材育成に従事。

専攻・活動
認知症介護の実践と学びを重ね、現在は認知症介護指導者として実践者育成事業に参画。現場と教育をつなぎ、質の高いケアの実現を目指す。

資格
介護福祉士・介護支援専門員・認知症介護指導者

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