自己覚知の定義

「自己覚知」とは、読んで字のごとく「自分自身をよく知る」ことを意味します。自己理解や自己認識、という言葉に置き換えることも可能です。

介護職やソーシャルワーカーなどの「対人援助職」では、自分の感情や価値観、考え方が、ご入居者様やご利用者様にどんな影響を与えるのかを、客観的に理解することが大切です。自己覚知は、その際に使われる専門用語のひとつです。
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自己覚知が重要な理由

なぜ対人援助職でとくに自己覚知が重要なのでしょうか。介護職を例に、その理由を確認していきます。

ご入居者様・ご利用者様とのコミュニケーションに役立つ

介護職には、ご入居者様やご利用者様とのコミュニケーションが欠かせません。日々の介助業務において、「どうしてこんなことをするんだろう?理解できない」「ご入居者様とうまく意思疎通が図れない」といった困難に遭遇することもあります。

その際、自己覚知ができていれば、個々が違うものさしを持った人間であることを落ち着いて認識できます。その結果、冷静な判断が下せるようになり、ご入居者様に寄り添った介助へもつながっていきます。

スタッフ同士のコミュニケーションに役立つ

介護職はチームでご入居者様に対応します。介護スタッフ、看護師、ケアマネージャーなど、常に情報を連携しながら日々の業務にあたるため、円滑なコミュニケーションが必要です。

例えば、自己覚知によって「状況を順序立てて説明することが苦手」と認識していれば、説明にあたってあらかじめ準備しておくことも可能です。相手の立場に配慮した対応ができれば、効率よくスムーズに業務が進められるだけでなく、お互いに気持ちよく仕事もできます。

ストレスの軽減に役立つ

業務が立て込んでいるときや、うまくいかないことが続くときは、ストレスが溜まりイライラしてしまう、余計にミスが重なってしまう、という人も少なくありません。

自己覚知は、冷静な判断ができない状態の自分を、俯瞰して見る第三者の自分がいるイメージです。ストレスを感じたとき、状況を冷静に客観視できる視点を持つことで、イライラの原因を根本的に解決しやすくなります。これをメタ認知とも言います。
ご入居者様やご利用者様と頻繁に接する介護職は、落ち着いた対応が求められることからも、自己覚知が重要と言えるでしょう。
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自己覚知の方法3選

具体的に自己覚知を行うにあたり、代表的な方法を3つ挙げて説明していきます。

①エゴグラム

エゴグラムは、アメリカの精神科医エリック・バーンの交流分析理論をベースにした、性格や行動パターンを客観視できる心理分析の手法の一つです。治療を目的とする心理療法からスタートしましたが、現代では教育やビジネス、介護の現場などで幅広く活用されています。

交流分析では、自身と他者との交流パターン(人間関係)にフォーカスします。人はまず親子の関係からスタートし、その後さまざまな人と交流する中で、多くのことを学び成長していきます。交流分析の目的は、自分らしさを確立しながら、相手とも心地よい関係を築いていくことにあります。

エゴグラムはegogramと表記され、egoは自我、gramは図表を意味します。およそ50の質問に直感的に「はい」か「いいえ」で答え、その結果を5つの自我状態に分類し、棒グラフなどで表します。5つの自我状態は、下記のとおりです。

・CP(Critical Parent):厳格な親のような自我
CPのポイントが高い方は規律を遵守する傾向が強く、真面目な方が多いと言われています。

・NP(Nurturing Parent):優しい親のような自我
慈愛の精神を持ち、他者を助けたいと思う傾向があります。温かい雰囲気を持つ方が多いと言われています。

・A(Adult):冷静に客観的な判断ができる自我
感情に流されることなく落ち着いて状況把握ができるため、計画的に物事が進められる方が多い特徴があります。

・FC(Free Child):自由な発想を持つ子どもの自我
既存の概念に縛られず、創造的で自由な発想と行動力を持つ方が多いのが特徴です。

・AC(Adapted Child):従順な子どもの心を持つ自我
協調性があり、他者との調和を好むため、自分のことは後回しで他者を優先する方が多い傾向にあります。

何かのポイントが高いから良い、低いから悪い、ということではなく、あくまでも自身を客観的に判断する一つの指標です。エゴグラムの結果は、自分を成長させるヒントになります。強みは自分の武器としてさらに伸ばし、弱みは課題として受け止め、行動で補っていくことができるのです。

※5分でできるエゴグラムセルフチェック(厚生労働省)
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②ジョハリの窓

ジョハリの窓とは、アメリカの心理学者ジョセフ・ルフトとハリントン・インガムが提唱した、人間関係を円滑にするためのフレームワークです。

ジョハリの窓は「自分が認識している自分」と、「他者が認識している自分」の違いを知り可視化することで、新たな自分を知る機会につながり、自身の成長が期待できる利点があります。ジョハリの窓では、次の4つの窓を定義しています。

・開放の窓:自分も他者も認識している領域
自分の認識と他者からの印象が一致している領域です。開放の窓の領域が広がると、周囲の認識と自身のズレがないため、意思の疎通がスムーズで他者との人間関係も円滑に築くことができます。周囲に自分のことをよく知ってもらうことが、開放の窓を広げることにつながります。

・盲点の窓:自分は認識していないが他者は認識している領域
自分では認識していないけれどよくしている仕草や口ぐせが該当します。この領域が大きい場合は、知らないうちに他者を傷つけていたり、誤解が生まれる可能性が高くなります。自分では気づけない領域のため、周囲の人からの意見やアドバイスに耳を傾け、この領域をできるだけ小さくすることが望ましいとされています。

・秘密の窓:自分は認識しているが他者は認識していない領域
他者には隠している感情や考え方、過去の経験などが該当します。秘密の窓の領域が広い場合、自己開示ができておらず他者との間に壁がある状態のため、人間関係を深めることが難しくなります。信頼できる他者に自分の気持ちや考えを伝える努力をしていくと良いでしょう。

・未知の窓:自分も他者も認識していない領域
未経験のことに挑戦する、初めての場所を訪れる、などが該当します。これまで機会がなかったけれど挑戦してみたら、すごく面白かった!といったようなケースは、思わぬ適性を見出すきっかけにもなります。自分の成長につながるヒントが眠っている領域とも言えます。

仕事の場面では、上司からのフィードバックが、これまで認識できていなかった領域に触れるチャンスです。この気づきが、盲点の窓の領域を小さくする絶好の機会になるのです。

自己開示も重要なキーワードです。自身の内面や考え方を周囲に伝えることで、人となりを理解してもらえるとともに、他者との心理的距離も縮まります。課長やリーダーが部下と面談をする際、自身の過去に触れたり失敗したエピソードを話すことで、共感を得られ身近に感じてもらえるなど、信頼関係を深めるきっかけになります。

ジョハリの窓は他者からの意見も大切な要素になるため、グループワークでの実施が効果的と言われています。近年は、アプリやWebなどのデジタルツールで行うことも可能になり、職場でも気軽に取り入れることができるようになりました。
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③日記

自己覚知において、日記も重要なツールとなります。
日々の生活や仕事で感じたことや考えたこと、感情の変化などを記録します。日記のメリットは、自身の思考の傾向や行動パターンを、客観的に振り返ることができる点です。
偏った価値観や考え方をしていないかを確認できるため、フラットな考え方が必要な介護職に適していると言えるでしょう。

日記は、状況(何が起こったか)、感情(そのときどう感じたか)、思考(何を考えていたか)、行動(何をしたか)、気づいたこと、を意識して書きます。例えば、腹が立ったのであれば、なぜ腹が立ったのかまで掘り下げて書くことで、自身の感情の動きまで追うことができ、より深く自分自身を知ることができます。

定期的に振り返ることで、同じような状況になった場合でも「私はこういう傾向がある」と認識していれば、感情がコントロールしやすくなります。

自己覚知が職場環境をよくする第一歩

職場において、円滑な人間関係の構築には、自己覚知が必要不可欠です。自分自身をよく理解してもらうことで、周囲との摩擦が起きにくくなり、信頼関係を深めることにもつながっていきます。

人間関係に不安を感じている方は、あらためて自己覚知で自分自身への理解を深めることが重要です。自分の認識していない部分で周囲の人を不快にさせていないか、配慮を欠いた言動がなかったか、など自己覚知を通して振り返ることができます。周囲の人の意見やアドバイスを、真摯に受け止める姿勢も大切になってきます。

自己覚知を積極的に活用し、職場環境の改善に役立てましょう。

この記事の監修・アドバイザー

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大野世光(おおのひろみつ)

2017年10月1日、株式会社チャーム・ケア・コーポレーションに入社。
介護系大手企業でスーパーバイザーなどを歴任し、
チャーム・ケア・コーポレーションのホーム長を経て、
教育研修室にてスタッフの教育を実施。
2022年7月から、教育研修部副部長 兼 介護DX推進課長に就任。
2025年7月から、組織改編により、介護DX推進室長に就任。
介護支援専門員資格、社会福祉主事任用資格を所持。

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